老いていくということ、死ぬということ

◆老いていくということ、死ぬということ

核家族化が進む中、自分の親や今の高齢者が「老いていくということ」、
「死ぬということ」に、私たちはきちんと向き合えているのでしょうか?




親や、お世話になった先生や尊敬の念を抱いている先輩諸氏に関しては、
若い時・元気に活躍していた時のイメージのままのことも多いもの。
しばらく会わずにいて再会した時、見た目や振る舞い、言動の変化に戸惑い、
どうしていいのかわからなくなることもあります。

自分の親など身近な人に関しては、同じ話を何度もしたり、
家の中でつまずくといった変化が気になる瞬間も出てきます。
ですが、そういった些細な変化に気づいても、
見なかったこと・なかったことにしているかもしれません。

◆募る不安に追いつかない感情

理解したつもりでも、感情がついていかないこともあります。
見たくないものや心が否定したことは、
無意識に感情に沿うように解釈をして心の整理をしてしまいます。

親や尊敬する方について、【老いていく】という現実を受け入れられず、
できないことを病気や人間関係に結び付けて、無理に納得させているようなことはないでしょうか?

たしかにそれは、【いつか起こるかもしれないこと】なのかもしれません。
わかってはいるけれど、心のどこかで不安を覚えながらも、「今」ではないことを祈りつつ、
とりあえず何もなければいい、そして、できればその日は来ないでほしいと、
考えないように、見ないように過ごしているのかもしれません。

いざというときに…

でもそれは、いざという時の対処が遅れることになり、
「あの時、考えていれば、なんとかしていれば」
といった、後悔につながることになるかもしれません。

介護のほんねニュースより

83歳のハルさん(仮名)はこう言います。

「みんな一緒に年を取っているんだろうけど
昔はできたことなのに今はできなくなって

動きたいなあと思っても思うように動けないことも多くなって

年を取るということはこういうことなんだなあと
思うんだけども、

人の助けがなくっちゃ生きていけなくなってしまったことについて考えてしまう。
今もボケてるんだけどこれからもひどくなると思うと悲しくなるわね。
年を取るってこういうことなのね。

みんなはどう受け止めているのかしらね。」と。

静かに塗り絵をしながら言っていた。

こういう思いを介護する側関わる人は
受け止めることができるでしょうか?

寄り添うことができるでしょうか?




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